「うらやましい」の昇華方法

嫉妬

こんにちは。

カウンセリングサービス心理カウンセラーの青井あずさです。

いつもありがとうございます。

前回の記事は「嫉妬感情が隠しているのは、その人の願いですよ」というお話しでした。(こちらをどうぞ)

今回はその嫉妬感情の昇華の仕方や願いの叶え方について、私の経験を例にしてお話していきたいと思います。

私の場合、

嫉妬感情と向き合うきっかけは、とある人の文句を言う事からはじまりました。

自分がクライアントとしてあるカウンセラーに世話になっていたときのことです。

私はカウンセリングサービスの別のカウンセラー(Nさんとします)に対する文句を言っていました。

自分の世話になっているカウンセラーに、他のカウンセラーの文句を言っていたのです。

文句はこのようなものです。

「Nさんは見た目が全然苦労していなさそうなのに、あんなに目立っていて軽薄な感じがする。あんな感じで人の痛みが分かるのでしょうか」

実際にお話ししたわけではなくて、講演会やワークショップで見かけただけ。

だけど、見ていてなんとなく嫌な感じがする。

当時の私は「自分が世界で一番不幸だ」と思い込んでいた時期でしたので、このような見え方をしたのでしょう…

その話を私のカウンセラーは含みのある顔で聞いていました。

「ふーん?」みたいな感じで。

私はその表情を見て、「あー私ってば、なんか間違ったことを言ったかな」と一瞬思いはしましたが、なんとなくなので忘れてしまいました。

ところでカウンセリングサービスではカウンセラーが講演をする感謝祭というのが行われています。

カウンセリングサービスの顧客であった私も、このイベントがすごく楽しみで、懇意にしているカウンセラーの話を聞きに良く通っていました。

その日も講演を聞きに会場まで来ていたのですが、休憩時間に私が世話になっているカウンセラーから呼び止められました。

そして衝撃の一言を私にいうのです。

「Nさんに「「私はあなたがうらやましいです」」と伝えてきて」

Nさんとは、私が文句を言っていたカウンセラーのことです。

私が「軽薄で苦労してなさそうで嫌だ」と言っていたその本人です。

この衝撃がおわかりいただけますか。

見ていてイライラを感じると思っていた人、文句を言っていた人に対して、「うらやましい」と伝えるなんて!

私は別にうらやましいなんて言った覚えはない!嫌いと言っただけ。

だって、イライラするから近づきたくない。

うらやましいなんて言ったら、相手に負けた気がする。

それにそれに、ものすっごい恥ずかしい。

なのに自分から近づいていって、自分の気持ちを伝えるなんて。

私が彼女に感じていたのは、うらやましさだったとしたら、私は自分が物凄く恥ずかしくて格好悪い。

でも、ここでできません!というのも悔しいのです。

彼女への文句が羨ましさからきているというのは納得できないけれども。

私は、やってみよう、負けたくないしと思いました。

(カウンセラーは私の負けず嫌いを知っていたのでしょう)

とりあえずやってみよう。

でも、手から汗がでる。

視点が定まらない。

会場の全員が私に注目している気がする。

そんな中で私はNさんに近付いていって伝えました。

「あの、あの、私はあなたが羨ましいです」

絶対に引かれると思っていました。

冷笑される。鼻で笑われる。からかわれる。「だから?」って言われる。

相手を悪く思っているからこそ、相手も私に悪い感情を返してくると思い込んでいたのです。

しかしNさんはこのように言いました。

「え~すごく嬉しいです!ありがとうございます」

しかも満面の笑顔で言われ、私の手を両手で包み込んだのでした。

私も心の底では「この人、全部受け取った!」と思いもしましたが…それは私の照れ隠しだったのでしょう。

それよりもホっとした気持ちが大きくて。

受け止めてもらったことがなぜか嬉しくて、力が抜けてしまいました。

でも完全に自分の負けを認めてしまった気もして…

心の中は千路に乱れて、その日はどうしてよいか分からなくて帰りました。

帰り道に思い出すのは自分の恥ずかしさ。

そして思いがけない反応と彼女の笑顔。

私が羨ましいって言ってるのに、ありがとうだって。

Nさんは本当にうれしそうに見えたのです。

私が文句を言っていたのは、実は彼女が羨ましかったから眩しかったからなのかもしれない。

羨ましかったのをそうなりたいのを認めるのができなかったから、彼女を否定しようとしていたのかもしれない。

認めるのは嫌だったけれども、彼女の笑顔が私を後押ししてくれたようでした。

あーあ、羨ましいと認めてしまった。

けれども、心は何故か軽やかでした。

自分で羨ましいを認め、本人にそれを表現したことで私は嫉妬から解放されたのでした。

私が彼女に見ていたのは、美しさ、豊かさ、軽やかさ、女性らしさ。

それを自分には手に入らないからと決めつけて、自分から遠ざけるために、彼女を攻撃していたのでしょう。

自分が手に入れていない事実は変わらないけれど。

それでも素直に「自分も欲しい」と思えるきっかけになりました。

嫉妬をうらやましいと表現することで、「欲しい」と言えるようになったのです。

うらやましいを認めたら、嫉妬感情は昇華されるかも。

自分も欲しいと認められたら、心は軽くなるでしょう。

自分でそれを許可できたら、現実も変わってくるのかもしれません。

でもそこが難しい時がある。

認めるには勇気が必要な時もありますよね。
そんなときには、お話を聞かせて頂けただと思います。

あなたの幸せを応援しています。

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